BBCドラマ「ロンドン・スパイ」全エピソード徹底解説! Episode 1

ここからはネタバレ注意!!

Episode one


BBC
アレックス「これまでに誰とも繋がりを持ったことがない人間が存在するなんて信じられるか?信じたとしても、そんな話しを聞きたい人間なんているだろうか?そいつと一緒に居たいなんて?」
ダニー「俺がいるよ」
クラブ帰りの早朝、テムズ川の橋の上でダニーはジョギング中の青年と出会った。彼の事が気になったダニーは橋に通い、再会したその青年はジョーだと名乗った。朝食を共にして、すっかり彼に夢中になったダニーを、親友のスコッティは心配していた。
それから連絡もなかったジョーが突然ダニーのアパートを訪れた。海辺の散歩に出かけた二人。訪ねてくる前に自分の身元調査をしていたのだと気付いたダニーは、ジョーに本当の名前を尋ねる。ダニーの勘の良さに驚きながらも自分の名前はアレックスだと答えた。
数学の天才で15歳で大学に入りながら、人との接し方がわからないアレックスと、本当に愛する人を探していたダニー。アレックスの初めてのセックスをダニーは優しく導いた。
8ヶ月が経ち、ダニーは親友のスコッティに彼を会わせた。そしてダニーは告白した。セックスとドラッグに救いを求めていた19歳のダニーを救ったのがスコッティだった。そしてアレックスには決して嘘や隠し事はしないと約束した。
しかし突然姿を消したアレックス。過去を話したせいだと後悔するダニーだが、彼の周りで奇妙な事が起こり始める。アパートを荒らされ、そして職場の倉庫にアレックスのマンションの鍵が置かれていた。訪れたマンションで見つけたのはSMグッズやドラッグに溢れた屋根裏部屋、そして片隅に置かれたトランクの中に無残な屍体が。慌てて警察を呼ぶが、アレックスの言葉を思い出したダニーは、彼のPCの中を探した。そこにテープで巻かれた棒状の物が隠されていた。
警察でダニーは自分が知るアレックスが全て嘘だったと聞かされる。彼の本当の名前はアリスター。そしてスコッティから彼はMI6で働くスパイだったと告げられた。
帰宅してPCの中から見つけた物のテープを剥がすダニー。しかしそのテープはダニーの指に傷を残した。

どんなドラマなのかも知らず(ましてやベン・ウィショーなんて俳優すら知らず)とりあえず”ロンドン”と”スパイ”の二文字が気になって見始めたのが「ロンドン・スパイ」。ところが・・・

前半の赤面しそうなぐらいのラブラブなストーリーに戸惑い、でも突然姿を消したアレックスと傷心のダニーに「あんなにラブラブだったのにぃ!」と、いつの間にか二人に感情移入している自分に気付き、でもでも、一転してサスペンスな展開にドキドキして、アレックスの嘘に「そんな!そんなぁ!」と、ダニーと一緒になってショックを受け、そしてそして、来週からはスパイ・サスペンスのストーリーに突入なのかと思いきや、ラスト・シーンでまた一気に二人のラブ・ストーリに引き戻される。60分で「ロンドン・スパイ」の虜になってしまった怒涛の第1エピソード。

「ダニーとアレックスは全く違う世界の中でさまよい、そしてお互いを見つけ出したんだ。アレックスが生きていることにして欲しいと大勢の人がツイッターでお願いしてきたよ。僕にはどうしようもないけれど、とても嬉しかった。だって二人の関係を描くのに成功したということだから。」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

はいっ!こんなサイトを作るほどハマりましたから、しっかり成功してますよ(苦笑)

しかし評価は第1エピソードから真っ二つに割れ、特にイギリスの保守系新聞デイリー・テレグラフは叩きまくり。

第1エピソードの最後の5分で、ロンドン・スパイもようやく興奮剤を飲み込んだようになったが、それまでの3人の登場人物といえば、陰謀も魅力もリアリティにも欠けた、のろのろした年老いた馬車馬のようだった。・・・たった2週間でなんと大きな違いが生まれるものなのか。ジェームス・ボンドの最新作「スペクター」でQを演じたベン・ウィショーは2週間後、BBC TWOの新ドラマ「ロンドン・スパイ」に登場した。・・・スパイの陰謀が動き出せば、きっと「ロンドン・スパイ」も診療台から跳ね起きるだろう。・・・私の小さな目でスパイするよ。Qと一緒に何が起こるのか。
ー ジャスパー・リース  2015年11月9日 デイリー・テレグラフ

残念ながらジェームス・ボンドのようにはいきません(苦笑)イギリスではちょうど映画「スペクター」の公開と重なったため、余計に「スパイ・ドラマ」としての期待が大きかったようで。

そしてタブロイド紙デイリー・メールにいたっては、1/5ッ星をつけた上でこんな貶しっぷり。

信じようが信じまいが、BBCのおエラいさんはゲイ・ドラマが不足していると考えているようで、つまりこれからは、TVのスイッチをつけると男が二人で裸で絡み合ったり、女装したり、キスして抱き合ったりするのを見なきゃいけないということだ。・・・7年間BBCのドラマ部門の責任者だったベン・スティーブンソンはホモセクシャルのヒーローが登場するスリラーが少ないと文句を言い、そして彼のデスクに初めて置かれていた素晴らしいゲイ・ストーリーの脚本が、遂にドラマ化されたのだと太鼓判を押していた。・・・笑えることに、ゲイのシークレット・サービスと彼のパーティ・ピープルなボーイフレンドのドラマ「ロンドン・スパイ」は、スティーブンソンの長年のパートナー、トム・ロブ・スミスが脚本を書いているのだ。
ー クリストファー・スティーブンス 2015年11月10日 デイリー・メイル

と、まあ、過去にベン・ウィショーのシビル・パートナー・シップ(同性婚)を暴露したデイリー・メールなだけあって、下品なレビューです(苦笑)


BBC

一方、ベタ誉めなのがリベラル系新聞のザ・ガーディアン紙。

BBCがお金をかき集め、才能ある脚本と俳優を注ぎ込んだ「ロンドン・スパイ」こそ、これから5週間あなたが味わうことができるデリシャスで満足のいく一品である。・・・このシリーズはスパイ・スリラーとしての鋭さを持ちながら、しかし最初のエピソードの大半は心が痛くなるほどゆっくりと優しいラブ・ストーリーが展開される。
ー ルーシー・マンガン 2015年11月10日 ザ・ガーディアン  

ところで、このドラマを観るために知っておきたいのが、イギリスで実際にあった「バッグの中のスパイ」事件。


BBC

2010年、諜報機関で働いていたギャレス・ウィリアムスが、ロンドンの自身のアパートで、鍵のかかったバッグの中で窒息死していたこの事件。

鍵がバッグの中で見つかるというミステリー性、そして彼自身が着用していたと思われる大量の女性服や、ボンテージのサイトを閲覧していたネット履歴といった、エリートの隠された趣味が人々の好奇心を掻き立て、日本でもワイドショーなどで取り上げられるなど大きな話題となりました。

SM趣味的な脱出ゲームの末の事故死と警察は結論付けましたが、最近では元KGBのスパイが彼の暗殺を告白したりと、いまだに不可解な事件となっています。

あまりに大げさで不自然さすら感じかねないアレックスの殺害方法ですが、イギリスでは現実にこんな事件があったのです。

ウィリアム・ギャレスが17歳で大学に進んだ数学の天才で、運動好きで人付き合いがほとんど無かったことなど、まさにアレックスのモデルと思われる人物ですが、それに対してトム・ロブ・スミスはデイリー・テレグラフへの寄稿文でこう述べています。

このドラマはは全くのフィクションだとはっきり言っておきたい。どのキャラクターも実在の人物ではない。
ー トム・ロブ・スミス 2015年11月9日 デイリーテレグラフ 

えっ!?あきらかにモデルにはしてるよね?(苦笑)

そして現実の事件をドラマの題材にしたことに対しても批判された「ロンドン・スパイ」。しかしガーディアン紙は第1エピソード放送後にこう反論しています。

作家が実際の事件を扱う場合には一つだけ義務がある。関係者に敬意を払うためにも、センセーションに扱わず、安っぽくせず、そして人生や人間そのものを語るために事件を題材とすることだ。我々の希望や恐れ、夢やノイローゼといった、共鳴する何かを生み出すために使うのだ。・・・「ロンドン・スパイ」はセンセーショナルを狙ったのではなく、正反対のものだ。このドラマはアレックスと、ベン・ウィショー演じるダニーの二人の関係を描いている。この嵐のような世界の中で互いに支えあう相手を探す二つの壊れやすい魂の関係に重点が置かれているのだ。
ーボリス・スターリング 2015年11月12日 ザ・ガーディアン

ダニーとアレックスのラブ・ストーリーから一転してスパイ・サスペンスへと変わっていく第1エピソード。しかし、PCから取り出したシリンダーのテープが、まるでアレックスが残した心の傷のようにダニーの指を傷つけるラスト・シーン。それが心が痛くなるような二人のラブ・ストーリーへとこのドラマを引き戻すのです。

スリラーが始まり、それがラブ・ストーリーと同じように豊かで価値あるストーリーになるのは間違いないだろう。トム・ロブ・スミスの脚本はこの後も同じように、アレックスのようにハンサムで言葉少なく、ベン・ウィショー(アザミの冠毛と魔法から生まれ出た最強の俳優)のように優しく目が離せないストーリーになると確信している。しかしこの美しいラブ・ストーリーがまた戻ってきて欲しいと思っている。
ー ルーシー・マンガン 2015年11月10日 ザ・ガーディアン

BBC

最後に、この第1エピソードを観た誰もが「本当にアレックスは死んだのか?」と疑ったのでは?遺体もはっきり写らず、ダニーが聞いても警察は明確には答えません。だからこそほんの少しハッピーエンドを期待していたのですが、それに対してトム・ロブ・スミスは・・・

この物語を書いた時にアレックスが生きているなんて考えもしなかった。トリッキー仕掛けになってしまうからね。
ー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

見終わった後もモヤモヤしている皆様。アレックスは死んだのです(涙)

余談ですが、BBCのオン・デマンド・サービス「iPlayer」には、視聴数の人気チャートが載っているのですが、ドラマの場合、通常は放送後2、3日で順位が下がり、そして次のエピソードが放送されると今度はそちらがチャート・インしますが、「ロンドン・スパイ」は、いつまでもいつまでもこの第1エピソードがチャートの上位に残り、最終回が放送された時には最初と最後が同時にランクインという不思議な現象が・・・やっぱりあのシーンが目当てなのかっ!?

おまけで、この第1シリーズが撮影されたロケーションをロンドンで探してきました。それはこちらから→


ヤコブ・ヴェルブルゲン監督と共に / BBC