ベン・ウィショーの舞台「AGAINST」を観にロンドンへ■Aug 2017■Part 2

2017年ロンドンのアルメイダ劇場で行われたベン・ウィショーの舞台「AGAINST」は、ピューリッツアー賞ファイナリストにもなった舞台脚本家、クリストファー・シンによるオリジナルの現代劇。そしてベンが演じるのはシリコン・バレーのビリオネア、ルーク。


Luke in AGAINST / Almeida Theatre

「Go where there’s violence(暴力のある場所へ行け)」との神の声を聞いたルークは、仕事上のパートナー、シーラと共に、アメリカ各地のさまざまな暴力の現場を訪れ、その暴力の理由を探していく。学校で銃乱射事件を起こした少年の両親に会い、レイプ事件が起こった大学を訪れ、受刑者への暴力を訴えて刑務所前で抗議活動を行う。世界を変えようとする彼の活動はネットを通じて広まり、熱狂的な支持を集めるが、その一方で、訪れた現場では批判や反論に直面する。活動に行き詰まりを感じ始めるルークに、恋愛感情を打ち明けるシーラ。それを受け入れられないルーク。そして彼に個人的な助けを求める人々が現れだす。答えを求めて生まれ故郷へと帰るルーク。そこで彼が出会ったのは・・・そして新しい救済プランを持った彼を待ち受ける結末は・・・


ルークと彼を敬愛するアナ/ Almaida Theatre

と!そうなんです!!なんと、今回の舞台は全編アメリカ英語(汗)ベン・ウィショーがメチャクチャ巻き舌で最初のセリフを喋りはじめた瞬間、「OH!MY GOD!?」って叫びそうになりましたよ。

予告文の「シリコン・バレー」の文字で察するべきでしたが、しかし、昨年はベンのアメリカ英語を聞かされるのだと覚悟してNYに行ったのに、そこでは全編イギリス英語でした。なのに!まさか!ロンドンで彼のアメリカ英語を聞かされるとは想定外っ!!(汗)・・・と、あまりの衝撃に、ベン・ウィショー本人に会えた時に彼にそう話したら、「うんうん、本当にヘンだよね」と爆笑してました。

そのNYの舞台「The Crucible」では、実際はスタートした2、3公演は全員アメリカ英語だったそうで、出演者たちがもっと自然に感情表現できるように演出家のイヴォ・ヴァン・フォーベがネイティブなアクセントに変更させたのだとか。そんなインタビューを見ていたために、う〜ん、なんだかアメリカ英語のせいで感情表現をセーブされてしまっているような気がしてならない・・・単にベンがアメリカ英語がヘタなだけ?(笑)3時間のアメリカ英語は大変かと本人に聞いたら、「ウエッ」と舌べらを出して苦笑いしてました。やっぱり苦手なんだな??

なので、どうしてこの舞台ではそこまでアメリカ英語にこだわるのか、どうしてこのストーリーをアメリカで描かなければいけないのか、そこで引っかかってしまい、なかなかストーリーに入り込めなかったのですが、例の木曜日に一緒に観に行った友人から一言、
「これは今のアメリカを描いたストーリーなんだよ。」
そうかっ!ここがロンドンだという感覚にとらわれ過ぎて、その視点にたどり着いていなかった!


ルークとEquatorのCEOジョン / Almeida Theatre

暴力が溢れ、テクノロジーが産み出した分断に病むアメリカ社会。同じシリコン・バレーのビリオネアである(明らかにAmazonをパロッた)EquatorのCEOジョンは「マス」の人々の繋がりや「マス消費」を自慢げに説く。しかし故郷に帰ったルークが出会ったのは、死んでしまった夫を思い続ける母や、淡い恋心を抱いて些細な事で喜んだりすれ違ったりしていた同級生のケイト。結局ルーク自身も人々を「マス」としてしか見ていなかった事に気づき、自分の目の前にいる人々を見つめ直す。

でも、どうしてこの舞台をロンドンでやるんだろう?
「それはこの舞台のプロデューサーとかが、このストーリーを面白いと思ったんじゃないの?」
え?そんなモンなの!?
「そんなモンでしょ?」
ふーん、でもイギリス人はこの舞台を理解するんだろうか?
「イギリスでも格差や分断は進んでいるからねぇ。でもイギリスは元々階級社会だから、アメリカほどは深刻に感じていないかもね。」
ああ、そうかも。だから休憩時間に周りから「奇妙なストーリーだね」とか会話が聞こえてきたのか。NY公演だったとしたら、また違う受け止め方をされたのかな。


ルーク / Almeida Theatre

しかしベン・ウィショーは、ルークというキャラクターに(ビリオネアっぽさは微塵もないけど(笑))どこか浮世離れしたぎこちなさや、人を惹きつけるカリスマティックな雰囲気を与えていました。そう、感情表現がセーブされているように見えたのは、アメリカ英語のためではなく、むしろ感情が欠落したキャラクターだったのか。

そして性的な匂いを感じさせないベン・ウィショーだからこそ、シーラの気持ちを受け入れながら、肉体関係を拒否するルークを演じても違和感がない・・・なんて思っていると、突然パンツの中に手を突っ込んで一人でやっちゃうルークに、場内爆笑でしたけど。(ルークがオープニングから靴下を履いてないのは、この後のシーラとのベッド・シーンでいちいち靴下を脱ぐのが面倒だからなんだろうか、などど無駄な深読みもしてみたり。(笑))

感情を強く出さないキャラクターだからこそ、大きな手が繊細に動き、ベン・ウィショーらしい瞳の動き、時々痙攣するように動く口元、そして普段はブラウンなのに、ライトがあたるとグリーンがかかったように透き通る瞳をナマで見て・・・さすがAA列!ベン・ウィショーをじっくり堪能させて頂きました(笑)120ポンド寄付した甲斐があったぜ!

そしてルークのパートナー、シーラを演じたアマンダ・ヘイルも素晴らしかったです。ルークの初恋相手のケイトと2役を演じ、シリコン・バレーの世界でバリバリ働くシーラと、オバちゃん化した(笑)コテコテの田舎のアメリカ女性といった雰囲気のケイトという全く違う二人を魅力に演じ分けていました。


ルークとシーラ / Almeida Theatre

てな訳で、今回トータルで3公演を観ましたが、私が観た最後の木曜日で、全員の演技が突然変化していてビックリ。立ち位置が変わったり、ベンの手振りや表情表現が少し強くなっていたり。ラスト・シーンの緊迫感や演じ方も変わっていました。プレビューが終わった後でもこんなに変化することもあるんですね。しかし、この前日に(雨ばかりのイギリスとしては信じられないコトですが)1週間ぶりの雨が降ったので、雨の中でのシーンでベンが髪をかきあげたりするのを見て、「雨に濡れた時の仕草を思い出したか!?」なんて、つい勘ぐってしまいましたが(苦笑)


ヒゲが無いと36歳とは思えない可愛らしさでした。(苦笑)NYの話をしたら「えっ!来てくれたの!?」とメチャクチャ喜んでました。

単純に個人的好みでは「The Crucible」みたいに凝った演出やエモーショナルな舞台の方が好みなのですが、考えさせられる興味深いストーリー、ヒゲのないベン・ウィショーが満喫できて(笑)楽しかったです。

そしてアルメイダ劇場もとても良い雰囲気でした。古い小さな劇場に明るいカフェやロビーを増設して、ゆったりと開場までの時間を過ごす事ができて、劇場内部もレンガと木とスチールでモダンに改装されていてカッコ良い。そしてスタッフも皆とってもフレンドリーでした。それでもやっぱり、座席によっては観づらい場所もあるようで、友人にチケットを譲ったサイド席は、3列目だったけれど運悪く前に大きな人が座っていたので、ちょっとステージが観にくかったらしく、また出演者が背を向けた状態で喋るセリフは聞きにくかったそうです。
「え〜っ!もし私が最終日にその席だったら泣いていたかな?」
「うんっ!きっと暴れていたと思う。」
だってさ(笑)

【余談】
帰国後、パンフレットを読んでいると、なんと今回の舞台音楽(作曲)はベンのパートナー、マーク・ブラッドショー氏でした。場面展開の時に流れていた彼の現代音楽的なピアノ曲は、甘さを排した硬質で冴え冴えとした空気感を作り出し、今回の舞台によく合っていましたよ。そして紹介されていた彼の経歴で、イギリスでも大人気のオーストラリア・クライム・ドラマ「Top of The Lake」でも音楽を担当していて、2014年のBAFTA(英国アカデミー賞)にもノミネートされていました。知らなかった・・・そこで、ちょうどそのドラマの第2シリーズがiPlayerでUPされていたので、さっそく鑑賞。家族や代理母、DVといった女性をテーマにしたドラマでありながら、非常にドライでシャープな映像とストーリーで、女性ドラマや一般的なクライム・ドラマが苦手な私でも引き込まれる、とても良いドラマでしたよ(エグいけどね。)オススメ!